映画『沈黙 -サイレンス-』を
観てきました。
この映画のすごいところは、あらゆる人が正しくあらゆる人が間違っていることだ。それに道は一つではない。答えは一つではない。
これは、公式サイト
この言葉はとても象徴的だなと
鑑賞後のいま、強く感じます。
マーティン・スコセッシ監督が、
遠藤周作の原作と出会った
28年前の1988年から、
映像化に向けて歩んできた日々の
重量感を感じられた大作でした。
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僕自身、
○ キリスト教
○ キリシタン(切支丹)
○ イエズス会
○ 島原の乱 など
これらについての基礎知識は、
ただ文字面として
「なんか昔、勉強したことはあるな〜」
程度のものでしたが、
今回の作品を通して、
その当時の人々がなにを信じ、
なにを考えて生きていたのか、
また、
どんな想いのぶつかり合いがあったのか、
について知ることができ、
ただの事実の羅列や
単なる文字情報としてではなく、
血の通った日常の出来事として
感じられる機会となりました。
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パンフレットもカッコ良く
とても読みごたえの
あるものになっていて、
今回の作品の中で
キーパーソンの一人を演じている、
個人的に好きな俳優の
窪塚洋介さんが、
「『沈黙 -サイレンス-』という作品が伝えるメッセージを、改めてどう考えていますか?」
という、
インタビュアーからの質問へ
答えている内容が
とても印象的でした。
ぜひ映画館で購入し、
読んでみてくださいね。
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江戸時代の初期の長崎での
実際のできごとに、
僕が生きてきた時間の長さと
同じぐらいの時間をかけて
試行錯誤を繰り返し、
とうとう放たれた作品を通し、
「立体的な歴史」として、
少し離れた位置から触れられて
とても良かった。
往々にして、
渦中にいる時には
「今、こういうことをやっている」
ということに
なかなか気づけないものだから。
早く「気づく」ために、
そして、その「気づき」に
どう反応し、
どう活かすかを「考え」、
「決める」ためにも。
僕にとって
『沈黙 -サイレンス-』という作品は、
今後その足がかりのひとつに
なってくれそうです。
私の“永遠の0’’週間も一段落 先週はじめに文庫本を買い、 一気に読み終えたのは昨日の昼 夕方の上映にはまだ間に合うと、 いてもたってもいられずに有楽町へ 恥ずかしながら、 つい何ヶ月か前までは 終戦の年すらわからないほど 無知であっ…
山田 鷹さんの投稿 2013年12月30日
鑑賞後の感じは、
3年ほど前、
『永遠の0』の小説を読み終え、
そのまま流れるように
映画を観たときに感じた、
あのずっしりとくる感じと
なんとなく似ている。。。
小説も時期をみて
読んでみようかな。